樟の森の研究室

斐伊川が久野川や三刀屋川と合流する地点、木次線がことことと走る線路のすぐそばに住まいし、ここで生きる術と学びを記していきます。

木次線の終電に想う

飲んで終電で帰るなんて何年ぶりだろう。しかもこれが人生最後、かもしれないなと思い記念に撮影。 あと30分ばかりは残っていたビアガーデンの宴席を辞し、急ぎ足で橋を渡り、歩道を横切って無人の駅の改札を抜ける。ちょうど一両編成のディーゼル車がホーム…

道をめぐる雑想#1

お米をいただいている奥湯谷の農家から、昨秋収穫ぶん最後の一俵をいただいての帰路でした。おそらく江戸の昔から道幅の変わっていない上阿井の八幡神社の前の通りをすぎて、国道に入る少し手前。路傍に小さな石、といっても一抱えはあるやや丸みをおびたそ…

7月11日山墾り備忘

雨が続いたこともあり、しばらく山の畑へ出向けなかったのだが、合間をみて少しでもと夕刻に向かう。里芋は草に埋もれつつあるものもいて、この際、草刈。この草、なんという草なのかすきまなくびっしりと生えており、土もつくってくれそうなので、残す方向…

山墾りからあれこれ備忘

◆白大豆を蒔きながら 6月21日の山の畑、白大豆を蒔きながら、思い出す。 昨年の山の菜園場でのこと。白大豆をまいたまわりには、トウモロコシやタカキビを蒔いたが、まったく成長しなかった。ナスもそうだった。もともと土壌がやわらかだったところに蒔いた…

森のことの葉〜#7_Book 7 days

◆本の顔の7日間、その7。 ある夜、何を思うわけでもなく書棚から一冊の本を抜き、開いた頁から押し寄せてくる波に、ゆだねながらそれに乗るということができたなら、読むという愉悦とともに、どこまでもいつまでもその時間は延伸できる、ように、そのただ…

すべての生き物はね、死んだらだれかに食べられるのよ〜#6_Book 7 days

◆本の顔の7日間、その6。 ◉ジル・クレマン、山内朋樹『動いている庭』2015,みすず書房これは焼畑の本である。ピンとくる人は、どこにもいない、と思うけれど、言ってみる。庭の本でないことは確かだが、著者は作庭家である。また、すぐれた実務書でもある…

本は物であり、物には心がある〜#5_Book 7 days

◆本の顔の7日間、その5。◉バッジュ・シャーム、ギター・ヴォルフ『世界のはじまり』2015,タムラ堂 木綿、麻のクズ布を砕いて漉いた紙。都度調合される色。中部インド、ゴンドの吟遊詩人であり画家であるバッジュ・シャームの神話世界。さわる本。本が物で…

茸師と飢饉

【雨の日の地図旅行、その備忘】 五年ごし?の宿題を少々。 ◉茸師 三平大分県津久見市長泉寺境内にある椎茸碑の中に、次の一文がある。「往昔、天保の頃、津久見の先覚者彦之内区三平、西之内区徳蔵、嘉吉、平九郎、久吉等の椎茸栽培業研修に端を発し、三平…

茸作 豊後國市平墓〜#4_Book 7 days

本の顔の7日間、その4。◉茸作 豊後國市平墓 もとは、匹見の廣見河内にあった墓石です。市平(三平)は、天保11年から嘉永5年まで匹見で椎茸をつくり、ある雪の日に亡くなった僅かな伝承と盆踊りの歌詞に残るほかには、この墓石が残るのみ。私にとっては、…

本の読み方、世界の見方〜#3_Book 7 days

本の顔の7日間、その3。◉種村季弘『雨の日はソファで散歩』筑摩書房,2005 「書かれたものは、いわば音符に過ぎない」中井久夫)この本は、推理小説にも似た、謎解きを誘うようなところがあって、そんな奏で方(読み方)があったのかという訪れを、静かに待…

〜#2_Book 7 days

本の顔の7日間、その2。 ◉中井久夫『「つながり」の精神病理』ちくま学芸文庫,2011 いま、自分の手元にある本の中から、一冊だけを過去の自分に贈れるのだとしたら。これを二十歳くらいの自分へ届けてやりたい。その理由について……。1●日本語の文章として…

〜#1_Book 7 days

◉大河原宏二著『家族のように暮らしたい』2002年太田出版刊 絶版にはなっていますが、古書はそこそこ流通しているようです。著者がなくなったのは、2010年12月31日。読まれ続け、残っていてほしいと願う本。疲れすぎた夜も、なんだかイライラするときも、や…

山吹の咲くころ、藪払い少々と筍掘りと

山へ通う道の途中、ヤマブキの花がこぼれ落ちるように咲き乱れているカーブがある。見とれすぎないように気をつけているのだが、あぁ、車をとめてみてみようと、何度も思いつつ、いつも通り過ぎてしまう、今日も。 さて、今朝方は少しばかりの雨模様。予報で…

出雲の山墾り〜sec.14;菜園で竹を焼く

竹を積み、焼き、消炭をつくる。竹は3年前の火入れのときからの燃え残りがほんの少々。竹は少々では燃えない。強く乾燥した状態であればよいのだが、そうした時分には延焼が心配だ。よって、いまの時分に、大量に集めて燃やし、消炭を得るのがよいのである。…

3月20日、春の彼岸に山焼きを

蒜山・鳩が原の山焼きに行ってきた。風が強く22日に延期となったのだが、火入地を見て回り、話もきけて、貴重な機会となった。ここに備忘として記しおく。 †. カシワの樹は燃え残る カシワの群落をはじめてみた。おもしろい。樹皮が火に強いからだとおっしゃ…

出雲の山墾り〜sec.13

3月7日の記録。・キクイモほり……看板をたてたほうがいいかもしれない。・火入れ越冬地のスペルと小麦確認……だめかあ。食われてる。食い散らかし程度だが何回もきてかじっているようだ。糞、足跡などの痕跡は確認できず。イノシシではない。タヌキだろうか。…

出雲の山墾り〜sec.8

春よ、ちょっと待って。それは2月15日のこと。気温は昼過ぎには18℃。ここから100mくだった木次の日当たりのよい斜面では、オオイヌノフグリが小さな青い花を一面に咲かせていました。山仕事の日。うごきはじめれば、シャツ一枚でも汗がとまりませんが、1本で…

小屋を建てる

「なぜ、男は小屋を建てたがるのか」この見出しにしようとしてやめた。「たがる」という言葉に含まれる揶揄はことの次第を見えにくくするだろうと、そう思い直したから。 「小屋を建てる」 つぶやくような、控えめな発言であっても、この言葉を聞いた男たち…

心について三題

まず、昨年7月くらいの投稿から。 心がわれわれに属するというよりも、われわれが心に属しているのである 昨晩の「本とスパイス」では、絵本『かさどろぼう』をとりあげましたが、トーク後のカフェ・タイムに「傘・能・心」ってなんですか?と、、、これ、端…

畑や庭や山のこと

雨の降らない週末は本当に久しぶりだと思う。山へ行く予定でいたのだけれど、所用がたてこんだこともあり、明日にする。しばらく何も手をつけていないので、昨日今日のことなど、断片的に。 ずっと干したままだった稗を雀らがみつけた 種取り用にとってあっ…

2012年、山の暮らしを取材していた

2011年(平成23)の秋から2012年(平成24)の春にかけて、写真や記録をサルベージしていたところ。 映画「森聞き」上映について、いくつかをひろう。現在作成中の「森と畑と牛と」1号にも「記録」としてアップしていく予定。 「森聞き」上映会 ●Kさんの山に…

出雲といえば曇り空って本当か?

「出雲といえば、晴れ少ない、曇り多い、暗い」 と言われるが、東京/出雲を半々で暮らしてきた身にはピンとこない。長年のもやもやを、もののついでにざっとではあるが調べてみた。気象庁のデータを80年代からあたっての比較。画像は日照率の比較。冬は確か…

予祝とは願いではなく感謝である

すべてはうまくいっている。なんの問題もない。満ち足りた日々。 このような気持ちになることが、予祝というものの本質なのだと、ここ数日で思うようになった。めでたいことなのだ。だから、新年は「おめでとう」なのだ。 新しさ、門出、そうしたものへのめ…

冬の晴れ間に思うこと

出雲地方の冬。それは晴天日数の極度の減少をもって特徴づけられる。…と言ってみたものの、気象庁など実際のデータにあたったわけではなく、あくまで印象と経験によるものだ。他の地方もおおよそそうであろうが、少なくとも太平洋側とは明らかに違うことに異…

死んだらどうなるの?#3

西宮一民『上代祭祀と言語』1990,桜楓社を手がかりに。わたしたちの霊魂に対する考えは、大きな隔たりをお互いに持たない。だからこその「死んだらどうなるの?」なのだ。わたしたちとは、日本人といってもいいのだろうが、なんだろうそう言ってしまっては駄…

一月八日になってしまった

菜を摘んで粥をつくろうと、一昨日の夜には、ざっとした算段すらしていたのに、すっかり忘れていた。いま、一月七日という日はおわろうとし、夜をまたいで八日になってしまうのだが、天気を予報する便りは、春の嵐が吹くのだと全国的に、そう伝えてきていて…

死んだらどうなるの?#2

死んだらあの世にいく。 平均的な大人の回答はこうなると、私には思える。表し方、語句の選択など、Variantはあろうが。 さて、噛み砕けば私たちが意識せずとも前提にしているあれこれ。いや、なるべく意識しないように、目にふれないようにしてきた前提があ…

一月五日、死んだらどうなるの?#1

(書きかけメモとして) 死んだらどうなるの? 子どもの質問っぽい。大人が言ってもいい。言わないだけで言いたくなるときもあるだろう。が、大人はめったに言わない。 問いは素朴にみえて暴力的。それでいて根源的な問いでもある。そうした問いには模範解答…

一月四日、そういえば稗を食べていない

日がな一日、読んだり、整理したり、用意したり。 棚のファイルを整理するまでもなく、立直す程度に整えた際、大庭良美『家郷七十年』の複写ファイルが出てきた。ほんの十数ページぶんほどではある。用向きとしては食生活の項を中心に記録を集めていたときの…

令和元年、年取りのタカキビ餅とタカキビと

昨年同様の塩梅でタカキビ餅をついた。昨年のほうが美味しかったという印象を持っている。硬い粒が残っているのと風味がいまひとつ。主に3つの要因があると思う。 1. 昨年よりもしっかり熟したものを使っていること2. その割には水につける期間が短かったこ…