宗教思想
木次に引越してきて何回目かの年越しと、クリスマスがやってくる。今年も持越しの宿題を棚にあげつつ、手がかりくらいはつかんでおきたいと思う。つかみたいのは、かれこれ75年前のこと、昭和26年の木次のクリスマス、そして年取りとカブについてである。 昭…
(書きかけメモとして) 死んだらどうなるの? 子どもの質問っぽい。大人が言ってもいい。言わないだけで言いたくなるときもあるだろう。が、大人はめったに言わない。 問いは素朴にみえて暴力的。それでいて根源的な問いでもある。そうした問いには模範解答…
神は死んだ そう叫ぶものがいた 私たちはそれをいくどか耳にした 二千年前に 五百年前に 百五十年前に つい五十年ほど前に 神は死んだ そうささやくものがいた 私たちはそのささやきを耳にする 森神をまつる大きな木の下で 稲穂たなびく平原のただなかで 道…
森と畑と牛と。 森、畑、牛は三位一体ともいえる関係にあるのだが、この営みを森から考えるための断片を今日はここに記す。”森神”はいまどこにいるのか。その答えを求める試行でもある。 ◉2017年の8月20日、小さな祭りをはじめた。「岩伏の谷の小さな夏祭り…
まとまりがつかないまま、数年が過ぎ、忘却の波に洗われることで、跡形もなく消え失せるよりは、意味のない小石くらいのものを置いておくようなつもりで、書き記してみようと思う。 ●PI-z001 テーゼ:「出雲」は神話の国ではない。 1. 記紀の出雲神話は出雲…
《習俗は理由もなく消えたり生き残ったりしない…… それが生き残り続けているとすれば、機能の永続性の中にこそ”真実の理由”を見いだすことである》 レヴィストロースの言葉に引かれながら、少しずつ読んだり聞いたりしている。きょうは午後から県立図書館。…
山あがりの文献渉猟の途上、折口の『水の女』に、1年以上寝かせたままの宿題を再発見。これも記しておく。《神賀詞を唱えた国造の国の出雲では、みぬまの神名であることを知ってもいた。みぬはとしてである。風土記には、二社を登録している。二つながら、現…
近世における山神の記載がどういう分布を示しているかを知りたくなって、出雲の『雲陽誌』を眺めておりましたところ、意宇郡の揖屋に興味深い記載をみつけたので備忘に記しておきます。 ●大神宮 田の中に伊勢森というあり、往古は社もありけれとも今は祭礼の…