樟の森の研究室

斐伊川が久野川や三刀屋川と合流する地点、木次線がことことと走る線路のすぐそばに住まいし、ここで生きる術と学びを記していきます。

熊子と蕪と

阿井のホウコはいまどこに

阿井の山野に自生している草木での中でとりあげた「ホウコ」のこと。今日、阿井の方からお電話があり、いくつか教えてもらって、どうやらホグチである可能性がぐぐっと高まりました。ご自身は餅のことしかご存じなかったのですが、知っていそうな方に聞いて…

阿井の山野に自生している草木で

手帳のメモを整理してみます。 駒原邦一郎『村のはなし(下)』昭和35.1の中に、「阿井の山野に自生している草木で昔から食糧としてつかわれたもの」として出てくる草木に以下のものが名称のみですが、あげられています。 ひとつひとつ注をつけていきます。…

温海カブの状況〜2016年10月16日

温海カブは生育はまあまあ順調。しかーし。10月16日に間引きに行ったところ、牛の侵入痕跡があ。5分の1程度(?)食われていました。味をしめてしまったのかも、というかそうでしょう。雨が降り始めましたが、急遽、竹柵を増強。来週の間引きで再度増強し…

土用豆の花が咲いた

播くのが遅れてどうなることかと思っていた土用豆です。やっと花が咲きました。なんとか豆ができるまではいけそうです。 三沢でわけてもらった土用豆。文化祭(産業祭)に出品されているのを見つけ、在来の豆があったのかと驚き喜び、、、放棄地に囲まれなが…

大根は縁起ものか?

出雲民芸館で藍染め木綿を見ていたら。あれ、これは大根? 蕪じゃないの? というものを見つけた。 他の図柄は鶴、松、海老、など縁起のよいものばかり。しかるに大根って縁起ものなの? 蕪なら年取りカブのこともあるし、とその場では勝手に思っていた。 い…

備前國備中國にも熊子はあった

昨日は島根県立図書館へ。諸国産物帳のなかの熊子探しです。索引をみながら、中もめくりながらしていたら時のたつのは早い早い。『備前國備中國之内領内産物帳』のなかに熊子を見つけて、〆切定刻ジャストに複写申請。備中にあったのは意外でした。ここまで…

温海カブと三沢のカブと料理教室

梅雨に入ってからというもの、雑草の成長も早いが、芽が出るのも早い。畑に持ち帰っていた温海カブのこぼれ種からも芽が出ていた。サラダ菜として1ヶ月後くらいに出せたりするのかな。 それはさておき、今年の焼き畑では温海カブをしっかりとっていきたい。…

年取りカブの種取り

明後日に迫った焼き畑の火入れ。予定外の事案が複数発生するなどして、もともとタイトだったスケジュールは押せ押せになってしまいました。暑さに唸る軽トラが奥出雲町三沢に滑り込んだのは午後4時をまわった頃。峠を越えたところにあるYさんの家に駆け込む…

クマゴ、地カブ、キビ

三成で所用をすませ、馬馳を通って、平田へ戻る道中のこと。うっすらと青い色が雲にすけてみえなくはないが、風は冷たい。なのに、納屋の前で、赤名さんが何かつくっているではないですか。こりゃ懸案のあれとこれを聞いてみなくてはと、軽トラを引き返して…

みざわの館前の「地カブ」

雪かきのお手伝いと竹林整備研修の下見のために、奥出雲町の「みざわの館」までのぼってきた。「地カブ」のことを話題にあげたらば、Uさんは即座に「地カブなら、そこにあるがね」と。そう、「年取りカブ」ならぬ「地カブ」ならば、ずいぶんととおりがよいの…

蕪コーセンのこうせんは香煎である

野本寛一氏が、焼畑の蕪料理の中でも「蕪コーセン」はもっとも古いものを残している、と書かれている(「焼畑民俗文化論」)ので、蕪コーセンを調べてみるも、手がかりがなかった。 しかし、1月19日の平田蕪の取材の折、門地区の吉川氏より、蕪の食し方とし…

都賀村の地カブについて

『聞き書島根の食事』の中で、くまご飯、くまご、が出ているのは、都賀村のみであった。『聞き書広島の食事』にもない。その都賀村には「地カブ」の話がある。年とりカブと呼ばれていたかはわからない。 いくつかの抜粋を以下に。 p174(野菜〜利用のしくみ…

くまごのこと〜その1

「熊子(くまご)」とは何かで、いろいろ調べておりましたが、あぁ意外な見落とし忘れ。 かつて調べてメモしておりました。 「竹の焼畑メモ」(http://on.fb.me/1ZWpXlD) 白石昭臣『竹の民俗誌』p26に飯南町の志津見の話として、竹の焼畑の作物として以下の…