樟の森の研究室

斐伊川が久野川や三刀屋川と合流する地点、木次線がことことと走る線路のすぐそばに住まいし、ここで生きる術と学びを記していきます。

環境と民俗と

茸師と飢饉

【雨の日の地図旅行、その備忘】 五年ごし?の宿題を少々。 ◉茸師 三平大分県津久見市長泉寺境内にある椎茸碑の中に、次の一文がある。「往昔、天保の頃、津久見の先覚者彦之内区三平、西之内区徳蔵、嘉吉、平九郎、久吉等の椎茸栽培業研修に端を発し、三平…

茸作 豊後國市平墓〜#4_Book 7 days

本の顔の7日間、その4。◉茸作 豊後國市平墓 もとは、匹見の廣見河内にあった墓石です。市平(三平)は、天保11年から嘉永5年まで匹見で椎茸をつくり、ある雪の日に亡くなった僅かな伝承と盆踊りの歌詞に残るほかには、この墓石が残るのみ。私にとっては、…

一月四日、そういえば稗を食べていない

日がな一日、読んだり、整理したり、用意したり。 棚のファイルを整理するまでもなく、立直す程度に整えた際、大庭良美『家郷七十年』の複写ファイルが出てきた。ほんの十数ページぶんほどではある。用向きとしては食生活の項を中心に記録を集めていたときの…

令和元年、年取りのタカキビ餅とタカキビと

昨年同様の塩梅でタカキビ餅をついた。昨年のほうが美味しかったという印象を持っている。硬い粒が残っているのと風味がいまひとつ。主に3つの要因があると思う。 1. 昨年よりもしっかり熟したものを使っていること2. その割には水につける期間が短かったこ…

暦日雑想

(下書き中にて支離滅裂な点、多々あり、御免) 数日前のこと。年末の餅つきを一緒にする会の、打ち合わせの席でした。 冒頭、世話役の方から、今年は12月28日でいかがでしょうか、土曜日ではあるのですが、との発言。みなさん異論なく、しばし沈黙の後、そ…

正月とカブ

正月にカブを供する儀礼といえば、七草粥があるのだが、その起源をたどろうとすると、途端に錯綜した渦に翻弄されることになる。 まあ、いろいろとね、諸説あるんだけどね、と言いたく(まとめたく)なるのをこらえつつ、あらためてとらえてみようと思ったと…

農書『家業考』〜年中勝手心得の事 からの示唆

木次図書館の郷土資料の棚に農文協の農書全集第9巻がある。「神門出雲楯縫郡反新田出情仕様書」や「農作自得集 」をおさめているからだろうか。あるいは広島県高田郡吉田町に豪農が記した「家業考」を、雲南市吉田町のものと勘違いしたということも考えられ…

森の中のドクダミ

庭や畑では、のび放題やりたい放題で、少々の抜き取りをものともせず拡大するもの、ドクダミ。その臭いは鼻につき、悪臭の類に入るのだろうが、そんなにひどいものでもないと私は感じる。薬草として重宝される(た)身近な植物であって、葉を乾燥させて炒り…

ウツギ断想

夕闇の道もたどらじ賤の男が山田の岨にうつぎさくころ 卯の花のuと、utの呪法に同じものを見た折口信夫が、最初に論じたテキストは、鯉幟の先端に残存する髭籠に精霊の依代を見出そうとしたものだった。 utの呪法とは撃つこと。土を敲いて土の精霊を呼び醒す…

飢饉の記憶とカブの儀礼と

年取りカブを中心としたカブの民俗について整理してみる。 ◆正月カブ(地カブ)が供物として捧げられるとき。 1. 歳神さんを迎えるに際して「吊るす」形態で→「吊るす」形での供物は、獣のそれが原型ではなかったか。神殺しとも言われるもの。 2. 稲こぎの…

粗々〜カブとクマゴの時間

標題の件、図書館での資料渉猟の折、メモすらしていないことをも含めて、まず書き残しつつ後ほどの整理に委ねる。 ◆島根県出雲地方においては近世以降、水田を有しない耕作地帯はきわめて稀である(この件、要精査)。畑作なり漁撈なり、その比重の軽重こそ…

年取りカブのあるところ

2月23日(土)。1年半ぶりくらいに年取りカブのある谷へ。 谷に着いて車を降りると鶯の声。 Yさんのお宅まで畑をみながら歩く。2年前は雪が降り積もる谷を歩いたっけと不確かな記憶をなぞりつつ。 開口一番「鶯、鳴いてましたよ」といえば、「あぁ、2日前か…

昨年から、タカキビを見かけるようになったけど…

今年の秋であったか、三刀屋町内、国道沿いで、高黍畑を見つけたときには、驚いた。えー、こんなに身近なところで「まだ」栽培しているんだ〜と。3年ばかり前に聞いたり見たりした限り、奥出雲町では一箇所をのぞいて皆無だった。昔はつくって食べていたと…

大晦日と年取り

平成30年12月31日。久しぶりに午後からの晴れ日。年の瀬も佳境をむかえた大晦日である。昨日までのところで三所の家の荷物は片付け終えていたので、少しばかりは余裕をかませるかといえばそうではない。常日頃の片付けでさえままならぬのに、やれ大掃除だの…

三年仕込み、孟宗竹の漬け樽

三所の家を片づけている。年内にはきれいにして鍵を返すのだ。昨日からの雪で気になっていた山側の庇屋根の応急処置だが、この程度の雪なら問題ないということは確認できた。大雪でも積もれば落ちるかもしらんが、素人大工仕事を重ねるよりは気になったら様…

ウバユリの花

ウバユリの花です。これは今年ずっと観察していた斜面で撮影したもの(7月23日)。 山にユリの根を掘りに行き崖から落ちて…というニュースをもう聞かなくなりましたね。かつて「食糧」のひとつであったことは確からしく、いまよりはるかにたくさんのユリが山…

ウバユリ、チガヤ、ハチク

火入れから4年を経過した、通称「中山」では、植生のきわだった変化が見られる。 今年(2018年)春の徴を忘れぬうちに書きとどめておく。 写真にみえるウバユリ、これまで牧場地ではまったく見られなかったものだ。種がどこから運ばれてきたのか、休眠してい…

サクラの春、ウバユリの春

木次の土手のソメイヨシノは今日明日で満開になるだろうか。花見に訪れる車が臨時の駐車場にも並んでいるのがみえた。平年よりも数日早い開花のようだが、確かなことはようわからん。 古来、春の開花のタイミングというのは農事にとって重要なサインであった…

坊主と風は10時から出る

3月27日、三瓶西の原の火入れにボランティアとして参加してきました。受付も含めた総員は約130名ほどでした。報道では延焼したこととか、逃げ遅れた消防車が1台焼け死んだことがとりあげられていましたね。「消防車が焼けちゃった」というのはそりゃニュース…

「山をする」牛

◉「山をする」 「放牧することをわが地方では『山をする』といいました」 佐藤忠吉は『自主独立農民という仕事』(森まゆみ著・バジリコ刊)のなかでそういう。昔というのがいつのころからなのかはわからない。皇国地誌に残る牛馬の頭数や昭和30年代まではい…

物乞いと神人と森人〜雑考:わからないものへ向かう仕方

私たちはいつの頃からか、日々の暮らしのなかにあった、繊細な思考を失った。それがどんなものであったかさえ、想像はおろか妄想すらできはしない。これは悲嘆ではない。希望をもたないところから見える光であるならば、あるいは真実のかけらなりとも、落と…

摘み草の記憶〜#001

野山のものを採取し食す。この行為を促すマインドセット※1は、食文化・食習慣の変容にさらされてなお、その原基のようなものを保持するのではないか。そう推するに足るいくつかの出来事があったので、まとまりなくも綴ってみる。 かめんがら(cf.2016年のガ…

冬至当夜の日に〜豆腐をつくる・食べる文化の奥にあるもの

「いまでもあそこでは草刈りの後の直会ではひとり豆腐一丁は必ず出すんだそうよ」 「あー、うちもつい最近まではそうだったみたいだよ。さすがに夏の暑い時期に、豆腐一丁はようたべんということでやめになったらしいけど」 今日の茶飲話より。 豆腐はハレの…

野山と山あがり雑感

コモンズというものの向かうべき方向について、70年ほど前を振り返ることの大切さを思い知る。 「森林整備、地方へ数百億円 新税に先行、19年度から」https://t.co/9oBIHVt82なる新聞記事を見ながら鬱々とする気を払いのけるために、まとまらない断片を記…

来年はシホウチク(カンチク)を食べるのだ〜出雲国産物帳にみる竹類

10月のよく晴れたとある日、仕事でよく通る道路脇で筍をみた。観光客の来訪も多く、草刈りもていねいにされているところである。再生竹かなと最初は思ったのだが、いやまてまて、しっかり皮をつけていてあきらかに筍だ。温帯地域で秋に出る筍なんて相当限ら…

晩秋山野渉猟

11月14日、旧暦9月26日。朝のうち雨が降ったものの次第に晴れ。午後からは快晴となった。懸案をひとつずつ片付けるべく方々へ。 ◉寺田の滝とかめんがら この奥に寺田の滝がある。手前の平地はダム建設の残土であり、かつての面影とはずいぶん異なるものだろ…

タネは生きているのか死んでいるのか

焼畑に挑みはじめてからというもの、タネというものが、さまざまな相貌で立ち現れては、私に問いを投げかけてくる。秋から冬に向かういまの季節に、人はタネをとり、草木は大地にそれを落とし、あるいは飛ばし、哺乳類が口をつけ、実とともに鳥たちがついば…

カブと小麦

11月2日。裏の畑に、8日ばかり前であったろうか、ひとうねぶんほど蒔いた小麦が、小さな芽を出し始めている。昨秋40粒ほどからふやしたスペルト小麦。どうするどうなるなんて考えず、まずは育ててみたい、その姿を見てみたいと思う一心だったのが1年前だとす…

ススキとセイタカアワダチソウとカメンガラ

本日快晴。 種々の備忘を記す。 ◉木次から阿井へ向かう途上 ・ダムの見える牧場の春焼地で学生らがサツマイモを収穫中。土曜日に続きだったのかどうか。 ・セイタカアワダチソウとススキの勢力逆転地を通過 昨年からちょくちょく見ている地点。今年は昨年よ…

怒る大人、叱られる子供、やってはいけない事

友達の家で、囲炉裏をひょいとまたいだら、その瞬間足を払われて鉄拳をもらった。コラとも、何が悪いとも、一言もない、大人は怒っていた。 いま60代(とおぼしき)男性が幼少の頃の記憶を語った言葉である。 何をしたら怒られたのか。 そんなことも、次々…