樟の森の研究室

斐伊川が久野川や三刀屋川と合流する地点、木次線がことことと走る線路のすぐそばに住まいし、ここで生きる術と学びを記していきます。

奥出雲タケヤマ開拓2014ー第2回レポートの序

 実施報告をつくって、竹取り通信第3号を発刊せねば。

 島根日日新聞に記事が載りました。これこれ。

「目指せ荒廃竹林の整備」とあるのは、新聞の方便というべきもので、そんなことはひと言も申し上げてはおりません。大義名分としてわかりやすく批判のでないフレーズとなると「竹林整備」に落ち着くことはよくわかります。

 しかし、運動・活動の主体のひとりとしては、とても違和感があるということだけ申し上げておかないとと思います。そう、違和感があるのです。この活動は微妙な立ち位置にあります。

 そもそも、なぜ荒廃竹林を整備する必要があるのか、整備できるのか、どこまで、誰が、どうやって整備するのか、などなど。そのような問いはおきざりにされたまま、とにかくやりましょうという記事になってしまうのですね。

 この活動は松江市で開催しているセミナーとリンクしているのですが、鳥瞰的、意味論的、思想的、問題発見的、、、まあ、はっきりしないといえばはっきりしない足取りでやってます。いかんだろうね、これじゃ、非難をあびておかしくない。むしろそれ、歓迎。

 

 そもそも、賛否うずまくことというものは、「否」の存在感がクローズアップされることになっています。とくに規模が拡大した社会機構ではそう。マスメディア、大規模店舗、大都市……挙げ方が不自然ではありますが、がたいがでかいもの一般というくらいの把握でもいいでしょう。

 しかし、ですね、否が唱えられないことがいいことであって、それしかできない・しない社会って、もう終わりに向かって進んでる社会だと思うんです。

 

 タケヤマ開拓がめざすのはぼんやりしたものですが、山地酪農と竹との共存をめざしているといえば、ようやくちょっと近いのかもしれません。竹林整備はその一部でしかない。

 ま、そんだけ。

 ああ、ぐだぐだですね。私も頭の中と計画を整理せねば、です。

 今日も徹夜か、体力がほしい!