樟の森の研究室

斐伊川が久野川や三刀屋川と合流する地点、木次線がことことと走る線路のすぐそばに住まいし、ここで生きる術と学びを記していきます。

焼畑と表土、中低木のことなど雑感

 とりとめない種々雑感。  奥出雲ラボへ久しぶりに寄る。明日の活動で使うものと、置きっぱなしであった里山理研究会の備品を移動するためだ。広い。天井が高い。改めて思う。おいてあった資料ファイルをめくってみた。あぁ、ここに置いてあったかというものあり。図書館に行って複写したものが、すでに複写済みでファイルしてあったのには苦笑を禁じ得ないというよりは、これは老化かと思いやや暗澹。  さて、そのなかに焼畑における作付体系の論文がファイルされていた。主に東北での調査。このあたりのことは野本寛一氏の著作にあったかなかったか。読み返してみなければならないし、県立図書館経由で浜田から取り寄せてもらうのもいいだろう。また横道にそれたが、ようやく本題。  古老からの聞き取りによる焼畑での作付をまとめたものであり、アワ・ソバを終わったらハンノキを植えろという、よく聞くものも含まれているが、以下に気になったもの、忘れがちな頭にも、いまも残っているものを記しておく。 ●表土が流れたところには焼畑はするな(やってもむだ)…類似のもので一度表土が流れたら、なにをどうやってもうまくいかないからやめておけというものもあったと思う。  ⇒焼畑をやると表土が失われるからダメだという老人の話を思い出した。1年前ほど前か。いや、そんなことはないよ、とそのときは思ったのだが、ちょっとこれらの資料をもって再訪してみようと思いたったこともあるし、なにせ焼畑について種々のものを読んだなかで表土流亡について言及されたものは初見であったので、「あれっ」という印象。雲南・奥出雲の山はなだらかなようでいて、きれるところはストンと急傾斜となっているタイプが多い。かんな流しで削った跡ということも多々あるのだろうけれど、マサ主体であるがゆえに崩れやすいのだからそうなるともいえよう。  あわせて考えたいのが、牧場北西地の急斜面の今後について。今日の夕方、残置してある竹の量を目視で確かめようと立ち寄った折、夕方ではあったが、意外に陽があたっていたので、これ、焼いたらカブくらいはできるんじゃないのか、などと思い立ったこともある。そのあと、うまく道ができれば、牛が通ることくらいはできないかなあ、いや、崩れるでしょう、など、さまざま思った。さりとて、そのまま放置するのも。。。さらに上の竹を切って燃やすことをそのときは思ったのだが、いやいや残すべき。表土保全という観点から、マストでしょう、と今の段階では考えている。 ●(作付をやめて)戻すときには火をいれて、その後は立ち入らない、草木をいじらない ⇒その後も採取利用するものであることを強調し「休閑ではないのだ」という焼畑利用のあり方を訴える人もいるので、ここまで断言されているのは新鮮であったし、「森に戻す前に」もういちど火を入れるなんていうのは初めて聞いた。これは再度チェックして土地と記録を確かめる価値がある。 うーん、あともう2つ3つ、気になる事項があったはず。明日確かめられればそうすることにしよう。  中低木のことというのもこれにかかわるのだが、灌木ともみなされる低木への意識がどうして薄弱なのかと思っていた。つねひごろ。森というと高くて大きな木を多くの人が想起するだろう。林家とて有用性からいえばそうだろうかと思っていたらそうでもなかったということ。鋸谷茂氏が「お手本は天然の針葉樹」という題で『野山、里山、竹林、楽しむ活かす』農文協編・2011の中で述べておられる。
《上層木があって、中層木があり、下層植生がある。これが本来の健全な森林の姿です。……(略)……上層木が無くなっても中層木が上層木の機能を補ってくれます。中層があるかないかが、森林が健全かどうかの最も大きなポイントになります。》
 この後、間伐手遅れ林では、通常の間伐を繰り返していても健全な森とはならない。そしてどうするかが述べられていて、これまた後ほど精読を要することを記しておく。  そうそう。表土と関連して作業道づくりを知ることも肝要である。これも購読すべきものをいくつかあたったので、備忘においておく。 写真図解 作業道づくり– 2007/9/18 大橋 慶三郎/岡橋 清元 (著) 現場図解 道づくりの施工技術– 2014/4/26 岡橋清元 (著)