樟の森の研究室

斐伊川が久野川や三刀屋川と合流する地点、木次線がことことと走る線路のすぐそばに住まいし、ここで生きる術と学びを記していきます。

焼畑でイセヒカリ

”竹の焼畑2018”を策定中。

地道にとはいえ、これ(写真)をひとりで伏せ込みなおすのはどうなのだろう。

自棄になっているわけではない。今日あらためて現場を検分し、冷静に考えて、ひょっとしたらできるのかなと思ったのだ。

昨年度の様子から、今年はだれも集まらないかなと想定していたので、そのなか3名が残ったのは朗報だった。だが、うち2名は学生OBであるし、学生1名では動かないほうがいいだろう。

ただ、例年そうであるように、火入れ当日の人は確保できる。

問題は準備と栽培の手入れにほとんど人が入らないということ。

さて、そんななか、今年は陸稲に取り組むことにきめた。

焼畑イセヒカリ、である。陸稲といえば糯性のものが大半かと思いきや、粳もあって、なかでもイセヒカリは取り組んでいる人も多い。

焼畑で栽培される作物は時代と環境によって変化してきたものだ。陸稲を試すべきとは1年ほど前から考えていたことだが、ここへきて踏み切るのにはいくつかの理由がある。

・雑穀栽培を続け周辺へひろめていくうえでは「機械化」に取り組むべき時期にきている。とくに籾摺り、脱ぷなどの調製過程。機械はほぼすべて米に特化してつくられていて、オプションの機具をつかえば雑穀にも対応できるというまでのもの。

有機栽培、自然栽培の農家がいよいよなくなってしまうのではないかとこのごろ思う。お店と数家族が養えるくらいの米と大豆と少々の野菜は確保しておきたい。その道をいまからつけておきたい。市場に出さないものでよいのだから。水をつかう水稲は最上流の田んぼでもない限り無理だろうから、畑地、しかも僻地の畑地に限られる。焼畑のできる土地と条件はほぼ同じだ。

・米の単位面積あたりの収量は他の雑穀を大きくしのぐ。稲わらがとれるのも魅力だ。稲作を見直す意味でもこれはいまから取り組みたい。

・参加者の昼食用に。ま、これはおまけ。

 さて、相性を考えて、モチアワ、タカキビ、センニンコク、ダイズ、アズキ、ヒエ、などと混植。

5月下旬の梅雨入り前に火入れだとして、イネは苗を移植するか。直播は時期と土とからして難だろう。

 育苗をどうすべえということなど、なにかと複雑じゃが、まあなんとか、したい、です。