樟の森の研究室

斐伊川が久野川や三刀屋川と合流する地点、木次線がことことと走る線路のすぐそばに住まいし、ここで生きる術と学びを記していきます。

奥出雲における「わに」の刺身について

 それは先週、8月8日のことでした。立ち寄った隣町奥出雲町のスーパーで、目的の品をかごに入れ、そそくさとレジに向かう途中、どどんとばかりに「わに」肉が陳列されているのを見つけてしまったのです。刺身用の新鮮なものです。「わに」ことサメの刺身は、これまでも何回か目にしたことはありましたが、棚の一角を大きく占める光景は、はじめて遭遇するものでした。買ったことも食べたことも一度もなく、今がそのときとばかりに一番安く小さなものを入手したのです。
 サメのことをワニと呼ぶ地域圏がどの程度ひろがっているのかは定かではありませんが、少なくとも関東、東海、近畿地方では通用しないと思われます。乏しい経験からの臆見ではありますが。
 わにの肉は、島根県から広島県にかかる江の川の上流域では郷土料理、とりわけ正月には欠かせないものでした(過去形)。その名残は今でもあって、食べることはなくとも、ワニといえばサメということで、この地域のほとんどの人に通じます。
 江の川流域とは少しずれますが、隣接する現飯南町、現奥出雲町でもワニはそういうもの、すなわち正月、そしてお盆の行事の食べ物として、そして日常的にも食卓に並んでおかしくはないものです。
 それにしても、安いなあとこの時には思ったわけですが、本日すなわち8月14日、またも思わぬところで同じわに肉に出会ってしまいました。
 現場はわにの刺身を、行事はおろか日常的にも食することはない斐川町のスーパーです。実家の墓参りの帰路立ち寄ったのですが、山陰沖でとれたものであることは先の奥出雲と同様。
 そして、実家の墓参りに行った際に「今年は(COVID-19のこともあり)お盆は皆さん控えるということにうちもした」と聞いたことを思い出したのです。
 そう。お盆になれば売れるはずのものが、今年は売れない。だからたたき売りと、ワニを食べないところでもダメ元で並べてみようと。そういうことなのでしょうか。
 私が見た斐川のスーパーでの売値は奥出雲のおよそ半額でした。
 また、それらに加えてとれすぎたということもありえます。今後、注視していきたいと思ってます。
 味のほうはといえば、昔と違って新鮮な刺身ですから、くせもなく食べやすいものでしょう。サメといっても幾種類かあって、部位などによっても味わいは異なると聞きますが、私が食べたこのサメ肉はさっぱりとした、しかしこれといった癖がなさすぎて、またほしいかといわれれば微妙です。
 一方で、うまいうまいと行って昔の人が食べていた、とろけるようないい意味での臭みの強いものを、一度食してみたいとは思うのです。今日もふとその衝動にかられはしたものの、夏だし、やるんなら冬のほうが、と、思いとどまったのでした。

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 さて、もうひとつ、気になっていることがあります。
 このワニを年取り魚として食するようになったのはいつ頃からかということ。
 いくつか論文・論説もありますので、ファイルを引きずりだせばある程度はっきりするはず。たしかそう古くはないはずなのです。江戸後期ではなかったか。どなただったか研究者の方が、宿帳を調べて指摘しておられた最初の頃の年代がそうではなかったかと。曖昧ですので、これは宿題。
 や、そもそも年取魚そのものが新しいはずで、奥出雲、掛合、飯南あたりだと、やはり鰤の記述が多く、塩鱒、鯨も出てくるのですが、和邇のことは史誌では見た記憶がありません。
 このあたり、年取り蕪とも関わることなので、注視すべきこととして備忘とします。