樟の森の研究室

斐伊川が久野川や三刀屋川と合流する地点、木次線がことことと走る線路のすぐそばに住まいし、ここで生きる術と学びを記していきます。

昭和26年12月25日、木次のクリスマス

 木次に引越してきて何回目かの年越しと、クリスマスがやってくる。今年も持越しの宿題を棚にあげつつ、手がかりくらいはつかんでおきたいと思う。つかみたいのは、かれこれ75年前のこと、昭和26年の木次のクリスマス、そして年取りとカブについてである。
 昭和26年、1951年の12月の歴史的事件。クリスマスを前に、フランスの地方都市ディジョンで、サンタクロースが火炙りの刑に処せられた。C.レヴィストロースの『サンタクロースの秘密』に詳細がある。問題は同じ日に、日本の木次では市長がサンタクロースの衣装と子どもたちへのプレゼントを用意していたこと。C.レヴィストロースの著書を読めばわかるように、ディジョンと木次は、つながっている。そんなこんなを考えながら、年の瀬をなんとか乗り切りたい。


*写真は昭和27年2月刊?の広報きすき(だったかな)。つながり?と首をかしげる方へ。その深淵の入口は、なぜ、ディジョンでも木次でも市長(町長)のサンタなのか、というところでどうでしょう。あるいはマーシャルプラン、サンフランシスコ講和条約ディジョンの事件では、市長が”復活”したサンタクロースとなってプレゼントを配るのだという新聞記事で論争が終焉したかのようだ。サンフランシスコ講話条約は昭和26年9月8日に締結。もはや知らない人も多いのではないか。が、小さな町でもこの年の話題はこれが筆頭であったのだ。縮刷ではなく、できれば当時の紙で、それを味わってみたいと思うがどこかにあるのだろうか。
占領統治すなわち戦争状態が終わり、日本は主権を回復した。その年の年越しはいかなものであったのだろう。と同時に、市長サンタの政治と子どもたちの夢とみなそれぞれの不安と希望と、なんともいえない渦を感じないだろうか、みなさん。

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